”チーム”トレーナーとして選手に「提供できること、できないこと」

チーム専属のトレーナーとして活動しております、中谷大志(AT・SC・鍼灸師)です。

チームトレーナーとしてしか現在は働いておりませんので、チームがどうの、組織がどうのって話が必然的に多くなりますね、、、

(脳内がそのことでいっぱいなんです。笑)

でも、結構これって一般社会の縮図というか、会社内で生じるであろう問題にも重なってくることじゃないかな?と時々思っています。

実際、一般企業に勤める他業種の方から「参考になる!」とか「わかる!」と言っていただけることがあるので、

「自分の考えや感じる事もあながち間違ってないかも!」とちょっとだけ勇気が出たりします (^^)笑

今回の内容は、以前の記事 でも少し触れた内容とかぶるところもあります。

(↓興味ある方はチェックどうぞ↓)

チームトレーナーという立ち位置において、

「提供できる」こと「提供できない」ことがあります。

言い換えれば、

「提供すべき」こと「提供すべきでない」こととも言えます。

もし選手やチームスタッフに、

「良いチームトレーナーってどんなトレーナーですか?」

という質問を投げたとしたらどんな答えが返ってくるでしょうか?

「毎日、付きっきりで常にみてくれるトレーナー」

「やって欲しい治療(マッサージ・ストレッチなど)をやってくれるトレーナー」

「怪我などのリスクよりもチームの空気を読んでくれるトレーナー」

などなど、

とにかく”従って尽くしてくれることが美学”というかトレーナーとは”そういうもん”だ。

という認識のアスリートや指導者の方は多く存在します。

私自身も、駆け出しの頃(まだまだ今も駆け出しですが、、)、

「そんなにずっとグランドでみてなくて良いから空いてる選手の治療しといて」

と言われたことがあります。

その時に感じた、とてつもない違和感と”思っていたチームトレーナーとしての立ち位置のギャップ”は今でも鮮明に記憶に残っています。

「トレーナー毎日すごい大変でしょ〜」

”揉むジャスチャー” をしながら言われることも同様に違和感を覚えます。

(決して労ってくださることに対してではなく、チームトレーナーという立ち位置の認識についての違和感です)

要するに、チームトレーナーとして全て「受け身」になって働くことが決して「チームに尽くす、美学」ではないと感じるということです。

上記に挙げたように、

「毎日、付きっきりで常にみてくれるトレーナー」

ということがその選手が感じる「良いチームトレーナー」としての評価対象であっても、

それに反する言動をとることも仕事のひとつで、「提供すべきこと」と言えます。

教科書的に言えば、

「教育的指導」

というチームトレーナーとしての役割のひとつです。

そもそも、1対1のパーソナル契約であれば、

その選手にかける時間がメインとして、トレーナーとして提供できることがありますが、

選手の人数よりもチームトレーナーの数が圧倒的に少ないことが一般的です。

(選手の数だけチームトレーナーが在籍するチームは聞いたことがありません)

(そういうチーム競技あったらぜひ情報下さい!)

ということは、

選手1人に費やす時間が増えれば増えるほど、チーム全体を把握する時間が減るわけです。

これは、チームにとってマイナス要素が生まれるリスクが上がります。

一見、何もしていないように見える、全体を広く見てる時こそ、実は色んなことを考えていたりします。

ただ、前回記事でも触れた「自分が一番可愛い」が全面に出てしまうマインドの選手は、

「なんでもっとマッサージしてくれへんの!?」

「もっと俺の身体みてくれよ!あんたトレーナーでしょ?」

ってなるわけです。

指導者でも、

「この選手みなくて良いから、あの選手の治療しといて!」

ってのもあるかも知れません。

「レギュラーだけみて!」とか。

もちろん、怪我やリハビリの段階、トレーニングメニューの複雑さ、トレーナー自身の眼で確認が必要なことなどによって「優先順位」があるので、全ての選手を同じ時間しか見ないというわけではないです。

救急現場で良くある”トリアージ”みたいなイメージですかね?

「自分で動ける程度の人は、足元に気をつけながら、とりあえずあっちまで歩いて移動して下さい!」

「先にこっちの人を処置しますので、それまでそこにいてください!」

(完全に 東京MER ロス(>_<) 笑 )

そのような、振り分けをグランドやトレーナールーム、トレーニングジムで常に行っています。

ですので、、

・自分でできることは自分でやってもらう
・自分でできるように、自分でできることを提供する
・アスリートとして自分の引き出しを増やしてもらう

これがチームトレーナーとして、提供できること(すべきこと)で大事なことだと思います。

「教育的指導」ってやつです!

周りの見た目や印象としては、選手にべったり付きっきりで治療したり、リハビリやエクササイズをしてる”画”の方が いわゆるトレーナーの”それっぽい”姿に映って評価される場面もあります。

もしかすると、そっちの評価を狙いにいく「俺に見せてみろよ!」系のトレーナーマインドを持つチームトレーナーが存在するかも、、、

あくまでもそれは想像の話ですが、やはりトレーナーも契約社会なので、表面上の印象が大きく左右するのは間違いないのでそっちに走ってしまうことも”なきにしもあらず”かと。

「提供すべきこと」

「提供すべきでないこと」

「与えるべきこと」

「与えすぎてはいけないこと」

その”さじ加減”に明確なものはありませんが、

その方向性がチームや選手個々の未来にとって良い影響を与えているかということを、

「自分の評価」は一旦置いて、冷静に考えることは必要だと思います。

もちろん頼られることは、トレーナーとして信頼されてることでもあり、喜ばしいことではありますが、

頼られすぎる(依存する)ことはチームトレーナーとして決して正解とは言えません

(個人で契約しているのであれば金額や契約内容に応じて頼れば良いと思います、お互い個人同士ですから。)

特に若手(年齢が関係するかは微妙)トレーナーは、

その場の「結果」や「評価」に目が眩んで”チームトレーナー”としての本来の役割を見失ってしまうことには注意が必要だと思います。

一般企業においても、

その部署の上司がひとりの若手社員に付きっきりで指導していたとして

その若手社員からは「熱心で優しい上司」と評価され、

たまにしかこないフラッと通りすがりの社長からは

「おぉ!よく部下の教育ができているな」

と評価されるかもしれませんが、

その他の若手社員が、ひとりに付きっきりになっている間に”取り返しのつかない重大なミス”をしてしまっているかも知れません。

→これはチームトレーナーでいうと、

全体をみれていれば防げたであろう大怪我”に置き換えられそうです。

その部下(選手)にとって自分でできることを増やすこと自分で考えられる頭を養うことは、

今後、社員(選手)として独り立ちしていく際や、教える側の上司(指導者)になった時に必ず活きてくるはずです。

その過程がなく、育ってしまった選手や指導者が、

「トレーナーに揉んでもらえ」

「トレーナーに早く治してもらえ」

という選択肢しかなくなってしまっているように感じます。

「トレーナーやねんからお願いされたら黙ってみろや、仕事せえや!」

という言葉が飛んできそうですが、、、笑

もちろん!まずは、みますよ!^^;

その上で、

提供できること(与えるべきこと)
提供できないこと(与えすぎないこと)

を判断させてもらい、できる限り、

「チーム全体を把握する」のが”チームトレーナーの在り方” だと思うということです。

子供(人間)の成長とか動物や植物の成長と同じ?で

与えすぎても強くならない、むしろ弱化する

ことも多くありますよね、、、

今、目の前の現役選手に対して、どういった仕事をするかで、今後のチームトレーナーの在り方、存在価値も決まってくるのではないか?と思ったりします。

最後までお読み頂きありがとうございました。

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