正しいキズの処置(後編)〜湿潤療法とは?〜

どうも、トレーナーの中谷大志です。

今回は前回の続編として正しい傷の処置の後編です。

前回は皮膚の構造について細かく説明していますので構造のイメージをつけてから実践にうつって頂いた方が理解がますと思います。こちらからどうぞ。

まず、日本語のややこしいところでもありますが正式には『傷』は皮膚表面に損傷がないもの『創』は皮膚表面に損傷があるものに分かれます。

一般的に”擦り傷”と書くように擦過傷と前回記事でも書きましたが、”擦過創”が正しい書き方です。ややこしくなるので記事内ではキズと書きます。

もし、選手や患者さんが転倒などで創を作って処置をお願いされたら頭に何を浮かべますか?

消毒薬?

絆創膏?

軟膏薬?

ガーゼ?

実際に代行というかたちでトレーナー現場を任された際に、「グランドでキズなどの怪我の際はこのBOXに処置の道具入ってるので」と上記のようなものが詰めてあった経験があります。

皮膚損傷が治癒するということは、損傷によって失われた組織が再生すること。

つまり、処置や治療はその再生を促すものが正しい治療と考えます。

治療の原則として次の2つを意識します。

  1. キズを消毒しない、薬剤を使わない
  2. 創面を乾燥させない

なぜ、この2つが原則なのかには理由があります。

『湿潤療法』と言われる治療法で今ではキズの処置としは基本となっています。

非常にシンプルで、一般家庭でも専門知識がない素人でもできるし痛みなく早く治るという治療法が再生を促す正しい治療であるのに、消毒して乾かすという間違った治療が今だに身近に存在している現状です。

実際に、選手も「擦りむいたので消毒お願いします」とトレーナーのもとに来ることが多いです。


まずは、なぜ消毒薬がダメか?から説明します。

消毒薬はバイ菌を殺してくれるものという認識が強いと思いますが、細菌だけを殺しているわけではありません。

消毒薬が細菌を破壊するためのターゲットは細菌の細胞膜に含まれるタンパク質であり、人間の細胞膜に対してもその作用が働いてしまう。

消毒薬には細菌のタンパク質なのか、人間のタンパク質なのかの判断ができない上に、さらに細胞壁という壁を持たない人間の細胞の方が攻撃しやすくなっています。

つまり、消毒薬は人体細胞はすぐに殺せるが細菌細胞を殺すのには時間がかかり、作用も弱くなる。それに、血液や膿があるとそれらもタンパク質なのでそちらに結合してしまい殺菌作用は失う。

人間の細胞は確実に殺せるが、細菌は殺せない薬剤であるといえます。

もう一つ、よく聞くのが化膿しているときは消毒が必要だという言葉。

理解しなければいけないのは、キズ口に細菌があるから化膿しているわけではないということで、細菌が増殖しやすいのはタンパク質を豊富に含んだ水、つまり血腫などを作らないようにすることで細菌が増殖しにくい環境を作ることが大切ということ。

それが化膿を防ぐ治療であり、キズに細菌があるのは絶対に防げないことで、消毒は不要であると考えられます。

むしろ先ほどのタンパク質への攻撃によりキズが深くなってしまう可能性もあります。

次に、なぜ乾燥させてはいけないか?

キズには創部に毛穴が残っている場合と残っていない場合の二つがあり治り方もこの二つのパターンに分かれる。

・毛穴が残っている場合

→毛穴に存在する皮膚細胞が真皮の上を遊走し増殖する

→汗管からも遊走と増殖は起こる

特に頬や額には産毛が多い事からキズは早く治りやすい、手掌や足底は汗管が豊富でここから皮膚が再生する

・毛穴が残っていない深いキズの場合

→最初に肉芽という赤い組織がキズを覆う

→肉芽の表面にキズの周りにある無キズの皮膚から細胞が移動し徐々に再生する

上記のように、皮膚の再生には皮膚細胞の移動と分裂の舞台になる真皮、肉芽が重要になる。

この”真皮”と”肉芽”の共通点であり最大の弱点は「乾燥に弱い」こと。

皮膚細胞を乾燥状態に置く血流に富んだ真皮や肉芽でもすぐに死滅してしまう。

その死んだ細胞が生き返ることはなく、死骸として出来上がるのが痂皮、俗にいうカサブタ

カサブタができればすぐに治るということも一度は耳にした方も多いかもしれないが、カサブタは中にバイ菌を閉じ込めて上から蓋をするようなものでいつまでも治らず、化膿のリスクもある。

つまり、キズを乾かさないことが皮膚細胞が真皮や肉芽の上を元気いっぱいに動く環境が整えられ皮膚が再生される。

ということは常に濡らしておいた方が良いのか?

と考えるかもしれませんが、キズ口からはキズを治すための最強のジュクジュクな液体が常に分泌されている。このジュクジュクが『細胞成長因子』である。

つまり、このジュクジュクが常にキズを覆う環境を作ってあげてキズを早くキレイに治すことが『湿潤療法』の原理です。

消毒はダメ乾燥はダメジュクジュクを利用する、これがイメージできればキズを何で覆えば良いか?

シンプルに「水を通さないもの、空気を通さないもの」で覆うことです。

キズにくっつかず、ジュクジュクを外に逃さない、人体に有害な成分が含まれ無ければこれで処置は十分です。

例えば、、、

  • 市販の食品包装用ラップ
  • 市販のハイドロコロイド被覆材(キズパワーパッドなど)
  • プラスモイスト

など。

プラスで、ある程度の水分吸収能力があるものだとベストです。

理由としては、キズ周囲の皮膚に汗疹やとびひなどができるおそれがあるため。

皮膚は体外に水分を排出する機能もあるので密封しすぎるとそのようなトラブルの可能性も考えられる。(=頻繁に交換が必要)

  1. キズにくっつかない
  2. ジュクジュクを逃さない
  3. 余分な水分を吸収する

この3つの条件を満たすのがキズパワーパッドを代表する創傷被覆材というものです。

プラスモイストもこの条件を満たしており、キズパワーパッドより安価で水分吸収能力は高いので素人のキズの処置には使いやすいといえる治療材料だと思います。

被膜材には止血効果が高いものや防水性が高いものなど様々な種類と用途があるので競技や場面によってその特性を上手く活かして利用することがベストです。

ダラダラと湿潤療法の理論を述べたのでキズの処置を流れに沿ってまとめると、、、

  • 出血を止める

→創部にタオルなどを当て圧迫し、出血部を心臓より上に挙上

  • キズの汚れや異物を除去

→ 基本は水道水のみでOK、スクイズボトルなどに用意しておけば痛みのない水圧が調節でき砂や芝を落とせることが多い

  • 創傷被覆材をキズの上に貼る

→ ハイドロコロイドの場合は直接、プラスモイストやラップの場合はキズよりやや大きめに切り薄く白色ワセリンを塗りキズを覆う(キズ軟膏薬には消毒薬の成分がほとんど含まれているため感想予防には白色ワセリンを使う)1日1回は交換する

ラップの場合はラップの上にタオルやガーゼを当て固定し余分に溢れた液体を吸収できるようにする。1日2〜3回は交換する

  • キズの部分がツルツルした皮膚で覆われジュクジュクが出てこなくなったら被覆材は不要
  • 治療終了後の再生したての皮膚は色素沈着を起こしやすいため、直射日光を避けたり、UVカットクリームなどを利用する

なお、顔面や頭部など被覆材の利用が現実的に難しい部位には、治療目的は「創面の乾燥を防ぐこと」なので白色ワセリンの頻回塗布で治療する。

上記の流れがイメージできれば、スポーツ現場のキズ治療BOXやトレーナールーム、または家庭の救急箱に準備するものも考えやすいと思います。

私は、スポーツ現場での処置で上記以外にカテリテープやカバーロールを利用しています。色々使ってみて自身が使いやすいものを選ぶのが良いと思います。

キズの処置に閉鎖療法といわれる、湿潤療法を推奨しますが閉鎖してはいけない病院受診が必要な例もあります。

  • 創面の異物がとれない
  • キズが深い
  • 治療の途中で発熱や強い痛みがある
  • 動物などに咬まれた

などの場合にはキズの閉鎖が状態を悪化する可能性が高いのですぐに医療機関の受診が必要です。

今回、参考にさせて頂いている湿潤治療の生みの親、夏井睦先生のページにも詳しく紹介されています。お会いしたことはないですが、先生の書かれた本を読んでいて皮膚治療に関して以外に医者としてのマインドに情熱を感じました。

キズの処置の何気ない消毒など日頃から「みんながやってるから」といった理由で意味も理解せず行なっていることが実はなんの意味もない、むしろ逆効果であることは非常にこわいことで、消毒行為以外にもそのようなことは多く存在すると思います。

専門家である以上、説明責任もあるし、簡単そうに見える処置こそ、ひとつひとつに知識や意味を持ち自信を持って行うことが相手に安心感を与えると思います。

胡散臭く浅い知識を見破る能力は競技レベルの高いアスリートになればなるほど、高いと感じます。信頼関係をささいな処置などで築きあげることで他の身体の相談にも来るかもしれませんのであなどれないですね(^_^;)

では、この辺で。